学生時代から憧れていたピアノの先生と【エロ体験談】

時々歳をとらないおばさんって居ますよね?
例えば自分が高校生の時におばさんだった人が、社会人のいい歳になってから会っても当時と遜色ない様に思えるおばさん。

交際し始めてやがて半年となるおばさんがまさにそんな女性でして、彼女は美智子さんといって、今56歳の人妻です。
今では『チコ』と呼んでますが、僕の11歳年上です。
もともと年上趣味ではありませんでしたが、彼女は特別です。
何故なら彼女は若々しく、とても年上には見えないからです。

彼女はピアノの先生です。
僕は同級生と結婚しましたが、チコは妻の先生でした。
週一回、土曜日のレッスンに挨拶できるのがとても楽しみで、わざとレッスンの時間前に遊びに行ってました。
色気があると言うよりも、東ちづる似の快活で陽気な爽やか美女で、夏にはワンピース姿が眩しいくらいでした。
当時は大人のお姉さんへの憧れ程度で、僕も妻も大学を卒業して結婚した後は、デパードで偶然出会うことがあったくらいで、なかなか見かける機会もなくなりました。

妻もほとんど年賀状だけのお付き合いになってしまいましたが、2月にチコの所属する楽器メーカー主催のピアノコンサートがあって、珍しくチケットが余ったらしく、空席が多いのもまずいからと手紙付で『是非ともご主人様と一緒に来て下さい。来られるかどうかだけでもメール下さい』と携帯アドレスのメモも添えて送られてきました。
何故だか条件反射的に、妻がお風呂に入っている間に自分の携帯に急いで登録しました。

たまたまピアノコンサートの翌日は、予てから確定していた上海への単身赴任の移動日でした。
20年以上も見かけてないのでどんなかな?と、とても心が躍りました。
ところが、色白でスマート、相変わらず姿勢が良くて小顔、快活な雰囲気!
まったく変わっていないのには目を疑うほどで、思わず記念写真を一緒に撮りました。
肌なんかツヤツヤのスベスベ感が見て分かる。
ドレスの背中が大きく開いていて、真っ白な背中に目がいって仕方がなかった。

上海へ渡って早々、一人暮らしを良いことに、海外にいる解放感で思い切ってチコにメールしたのが始まりです。
一か八か家内への口止めをすることはしませんでしたが、今までに無い長いメールで、当時不謹慎にも憧れてた旨を伝えました。
数回やり取りした後、『メル友になって下さい!』と申し込んだところ、『えっ?今もうすでにそうじゃなかったの?』から急展開。

お互いに年甲斐もなく段々とハートマークのメールが増え、時に話題は夫婦生活にも及ぶようになり、ついには『妻とはセックスレス』『けどオナニーはしていない』とか、やり取りもあからさまになっていきました。
お互いに写メの送りあいっこもしましたが、黒下着にスケスケのネグリジェ写真が最大の露出写真で、それ以上はいくら望んでも送ってはもらえませんでした。

やり取りから3ヶ月を迎え、GW前後の一時帰国。
1週間ほどしか居られないということで1日だけ有給休暇を取り、朝から晩まで目いっぱい一緒に過ごす約束をしました。
実質二人きりで会うの初めてなのに、人目を気にせずゆっくり話せるからと、いきなりのラブホテル。
3ヶ月もの濃厚なメールのやり取りで、男女はこんなことになるのか?!と他人事の様に感心しました。

スモークの貼ってある後部座席で彼女の乗車を待つ。
いきなり肩を抱きキスをした。
とても変わったキスで、唇を重ねるというより、彼女はいきなり大きな口を開けて舌を絡めるキスだった。
運転席に戻った僕はもうオラオラ状態。

ホテルの部屋に入るやいなや、たまらなかった僕はスカートそのままに、乱暴にパンティーだけを下して、ソファーに片足あげさせての立ちバックで挿入。
何もしてないのに妻よりも激しい濡れようで、すぐにニュルリンと入ってしまった。
僕の動きに反発するリズムで腰を打ちつけてくる。
凄いコリコリ感で最高に気持ちいい。
中は温かいではなく熱い!
暖気運転無しの猛ダッシュ!
絶叫にも近い喘ぎ声にもやられて直ぐに果ててしまった。

妻とならばここまでで、もう復活することは無いのだが、この日ばかりは違った。
お風呂にお湯を張り一緒に入る。
湯槽の角に腰掛けさせての入念なクンニ。
彼女はそこで痙攣して果てる。
透き通るように白いスベスベの肌は、やはり日頃のエステ通いの賜物だった。
しかし意外にもヘアーは剛毛で茂みも豊富だった。
乳房はコンプレックスと言っていただけあって、乳首も併せて非常に控えめだった。

ベッドで横になりながら世間話をするうちに、今度はチコがチンポをコネコネシコシコと弄ってきた。
半起きとなったところで体験したこと無いフェラチオを経験した。
とんでもない唾液の量とバキューム!
激しい上下運動ですぐさまカチカチになった。
我ながら“おお!”と思った瞬間に、チコは馬に飛び乗るように僕を跨いだ。
肩まである髪を振り乱して、それはまさに暴れ馬に跨る騎士のようだった。
50代の女性は初めてでしたが、こんな流れるくらいにタップリと濡れるのは凄い!

彼女は自分で存分に暴れ、「イクーーー!!」の絶叫と共に2回目の痙攣を起こした。

そのまま僕の上に倒れ込み、激しかった息遣いから寝息のリズムへと変わっていった。

お昼に起きて、昼食と一杯のビールを飲んだ。
休憩の後、今度は僕がしてみたかったことを要求。

「変態!」と怒ってみせるも、自分も初めてだと言って相手をしてくれた。

仰向けに寝ている僕の顔の前に便所座りしてクンニ。
そのまま四つん這いになってもらい、クンニに続きアナル舐め!
指は第一関節までしか許してくれなかったが、丸い形の綺麗な尻を高々と揚げたまま左右に揺さぶり喘いでいた。

バックの体勢のままチコはオマンコを開いて、「そろそろ入れて~」と宙で手を振りチンポを探す。

セックスレスだった反動からか、もともとドスケベなのか?強烈な性欲である。
10年くらい前からクラシックバレエも習っていると言っていたが、柔軟性は勿論のこと、もしかしたら体力も僕より上かもとさえ思えた。

そのまま勢いよくバックでペチンペチン突きまくる!
突いて突いて泡が飛び散っても構わず突いて!
とうとう一緒に絶頂を迎えて一緒にベッドに崩れ落ちた。
僕ももう汗びっしょりで肩で息だった。

1回目もそうでしたが、「あっーーイキそう!」と言うと、「抜かないで!もう大丈夫だから中へ来てーーー!」と叫びます。

その言葉に異常に興奮して果てた後に、そのまま我慢できないほどの尿意に襲われトイレに走ったのを思い出します。

そのまま世間様の言う夕飯時まで熟睡して、オモチャの自販機でローションをみつけてチコをお風呂に連れて行き振りかける。
オナニーはしないと言っていたのに自らの手が伸びてきた。
指をクリちゃんに導くと、クリクリと回転させてそのままオナニーショーになった。
チコの指がクリを、僕の指がオマンコをグリグリと捏ねくり回す。

「あぁ~もう~~!もう一回だけしよっか~~?!」

ねだられたが、もうどうにも体が言うことを聞かなかったので指で満足させてあげた。
もうチコのオマンコも1回目のキツさはなく、絶頂を迎え指を抜いた時にはパックリと赤い口を開いたままで腫れ上がって見えた。

結局ホテルを出たのが10時過ぎ。
チコはもともとコンサートに行っていたことに、僕は就業後に駐在先での報告会で遅くなったことに・・・。
家では家内が「お帰りなさ~い!疲れた顔して~お疲れ様、今ビール出すね!」と陽気に迎える。
元先生との交尾を生徒に労ってもらって、どこかへ隠れてしまいたい後ろめたさがあった。
食事もそこそこにお風呂に入り、直ぐ床に入り気を失った。

あの出来事から上海に戻り2ヶ月半が過ぎた。
日本ではお盆休みが近づいて、一時帰国が近づくにつれチコのメールにもハートマークが増えてきた。
今では僕の方から『変態』と書いて送る方が多くなった。
僕との交わりを心待ちにしているのだ。
何も言ってないのに「私を好きにしていいからね!開発しあいっこしようか?!何でもありね!」とはしゃいでいる。

内心では、経験のないアナルセックスに持ち込めないものかと企んでいる。
おそらく年に3日くらいしか愛しあえない他人の妻。
こんなにも燃えるものかとハマッています。
短距離での海外赴任も悪いことばかりじゃないな~。
実際チコ曰く、「貴方が同じ市内に居たならたぶんこうはならなかったと思うわ」と・・。

彼女の濡れマンを見ると、とても56歳には思えない。
濡れるタイプの女性は一体幾つまで濡れるのだろうか?
そうだ、写真にも納めて中国へ持ち帰ろう!
やはり自分も変態である。

チコ!これからも良きセフレとして末長くよろしくお願いします。